大阪地方裁判所 平成5年(ワ)4759号 判決 1994年8月24日
原告
木村奎一こと金奎桓
被告
中井幸夫
ほか二名
主文
一 被告中井幸夫、同日ノ丸西濃運輸株式会社は、原告に対し、各自金六二万三三〇八円及び内金五六万三三〇八円に対する平成四年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告中川孝行に対する請求、被告中井幸夫、同日ノ丸西濃運輸株式会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告中井幸夫、同日ノ丸西濃運輸株式会社との間に生じたものは、これを五分し、その三を原告の、その余を被告中井幸夫、同日ノ丸西濃運輸株式会社の負担とし、原告と被告中川孝行との間に生じたものは原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金一三八万六五四〇円及び内金一二六万六五四〇円に対する平成四年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、追突事故により受傷したとして、追突した車両の運転者に対し民法七〇九条に基づき、運転者を雇用する会社に対し同法七一五条一項に基づき、右会社代表者に対し同条二項に基づき、いずれも損害賠償請求した事案である。
一 争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。括弧内に適示したのは認定に要した証拠である。)
1 事故の発生
(1) 発生日時 平成四年二月三日午後二時一〇分ころ
(2) 発生場所 大阪市西区江戸堀一丁目二番二号先路上(以下「本件事故現場」という。)
(3) 加害車両 被告中井幸夫(以下「被告中井」という。)運転の普通貨物自動車(大阪一三か四二三〇、以下「被告車」という。)
(4) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(なにわ五五ぬ一六三〇、以下「原告車」という。)
(5) 事故態様 原告車に被告車が追突したもの
2 損害の填補
原告は自賠責保険から治療費として一八万七五四〇円、被告日ノ丸西濃運輸株式会社(以下「被告会社」という。)から文書料として四〇〇〇円の支払を受けた(なお、原告は本件訴訟において、これらを控除したうえで請求している。)。
二 争点
1 被告中井、被告会社の各責任、過失相殺
(1) 原告
原告は本件交差点において軽くブレーキペダルに足をかけた程度であり、被告車が適正な車間距離を保ち原告車両の動静に注意しておれば、容易に追突を回避しえたもので、被告中井に車間距離保持義務、前方注視義務違反の過失がある。
(2) 被告ら
対面信号が赤・直進青矢印の場合、直進が可能であつたにもかかわらず、原告が急停止したため、本件事故が惹起されたもので、原告に一方的責任がある。
2 被告中川孝行(以下「被告中川」という。)の責任
(1) 原告
被告中川は、被告会社の代表者として、被告中井をはじめ、従業員の業務について、現場監督をしていたものであるから、本件事故による原告の損害について民法七一五条二項により、損害賠償責任を負う。
(2) 被告中川
被告中川は、被告会社の代表取締役の地位にあるが、被告会社は、昭和三三年二月一日設立され、現在資本金一億円、従業員数八三〇名、保有車両数六一〇台の規模で貨物自動車運送事業を営む株式会社である。従つて、代表者個人が個々の事業について個別指導、監督を行う事実はなく、原告の主張は失当である。
3 原告の受傷程度
(1) 原告
原告は、本件事故により外傷性頸部症候群等の傷害を負い、平成四年四月三〇日まで通院治療を要した。
(2) 被告ら
原告が本件事故で受傷したことは知らないが、仮に受傷したとしても、何ら他覚的所見もない軽微な「鞭打ち症」に過ぎず、せいぜい一週間の通院治療で足りるものである。
4 損害額
第三争点に対する判断
一 被告中井、被告会社の各責任、過失相殺
1 証拠(乙一〇、検乙一の1、2、原告本人(第一回)、被告中井本人)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、東西にのびる西行五車線(内中央寄り三車線が右折専用車線)、東行一車線の道路(以下「東西道路」という。)と南北にのびる道路(以下「南北道路」という。)が交差する信号機により交通整理のなされている交差点(以下「本件交差点」という。)である。本件交差点南西角に設置された西行対面信号は青、黄、赤の表示用の灯火に加え、その下段に直進青矢印表示用の灯火が設けられている。
(2) 被告中井は、被告車を運転して、渋滞気味の東西道路の西行第一車線を東から西に時速二〇キロメートルで進行中、右側第二車線を走行中の原告運転の原告車が車線変更して被告車の前方に入り、原告車は対面黄信号で、被告車は、その後対面赤・直進青矢印信号で、それぞれ停止線を越えて、本件交差点に進入したが、原告は、本件交差点付近の道路事情に不案内で対面信号が赤・直進青矢印になつたときに急停止をしたため、原告車の後方一・三メートルを時速約一五キロメートルで追従していた被告車が追突した。
追突後、原告車は三・五メートル進行して、南北道路に進入する直前で停止した。
以上の事実が認められる。
ところで、原告は本人尋問(第一回)において、信号表示の現認状況について、本件交差点進入時、前方をトラツクが進行していたため、対面信号が赤・直進青矢印になつたとき、下段の直進青矢印が見えなかつた旨、追突時の状況について、急ブレーキはかけずに止まり、ブレーキから足を離してアクセルを踏もうとしたときに追突された旨それぞれ供述するところであるが、信号表示の現認状況については直進青矢印は上段の灯火信号に接着して設けられているもので、上段のみ見えて下段が見えなかつた可能性は乏しいものというべきで、右の点の供述部分は採用しがたく、また、追突時の状況については、追突後三・五メートル進行した地点に停止したことは原告も認めるところであり、原告がアクセルを踏もうとしていたとすれば、押し出される程度がこの程度には止まらないと認められ、この点についての供述部分も採用できない。
2 右事実によれば、本件事故は、信号表示に従えば、直進可能であつたにもかかわらず、交差点内で理由もなく急停止した原告の過失も認められるところであるが、被告中井も車間距離の保持義務を怠つた過失があることは明らかである。
そうすると、被告中井は原告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害賠償責任を負うことになる。さらに、被告中井本人尋問によれば、被告中井は被告会社の従業員であり、被告会社の業務に従事している際、本件事故を惹起したことが認められるから、被告会社は、民法七一五条一項に基づき、本件事故による損害賠償責任を負うことになる。
しかしながら、前記本件事故現場の状況、事故態様によると、原告の理由のない急停止の過失は軽視しがたく、相互の過失割合は被告中井が六、原告が四と認めるのが相当である。
二 被告中川の責任
民法七一五条二項の「使用者に代わりて事業を監督する者」とは、客観的に見て、使用者に代わり現実に事業を監督する地位にある者をいうものと解すべきで、使用者が法人である場合には、代表者が現実に被用者の専任、監督を担当している場合には、本条項にいう代理監督者に該当、するとしながら、本件ではそれを当該被用者の執行につきなした行為について代理監督者として責任を負わなければならないが、代表者が、単に法人の代表機関として一般的業務執行権限を有するというだけでは代理監督者には該当しないというべきである。
これを、本件についてみるに、証拠(乙一三ないし一六)によれば、被告中川が、被告中井の業務について現実に監督をする立場になかつたことが明らかに認められ、被告中川は代理監督者には該当しないというべきであるから、原告の主張は理由がない。
三 原告の受傷程度
1 証拠(甲二ないし四、乙の二の1、2、三の1、2、九、一一の1、2)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件事故態様は前記のとおりであり、時速約一五キロメートルの速度で走行中の被告車が、そのブレーキが効く前に原告車に追突し(被告中井がブレーキを踏んだ時の、原告車、被告車との車間が一・三メートルであつたことによると、ブレーキが効く前に追突したと推認できる。)、原告車後部に修理に二七万六六四七円を要する損傷を与えた。
(2) 原告は、平成四年二月三日、村田病院で受診し、レントゲン検査では異常がなく、神経学的異常所見も認められなかつたが、頸部痛、頭痛を訴え、外傷性頸部症候群、頸性頭痛と診断され、投薬、湿布による対症療法が施行され、同月七日まで通院治療(実通院日数三日)した。
(3) その後、平成四年二月一九日に白山医院で受診し、レントゲン検査では異常は認められず、外傷性頸椎捻挫と診断され、理学療法を主とする対症的治療がなされ、同年四月三〇日まで通院治療(実通院日数四〇日(各月の内訳、二月―八日、三月―一四日、四月―一八日))し、同日治癒と診断された。
2 右事実によれば、原告の症状は、レントゲン検査、神経学的所見に異常は認められず、頸部の軟部組織に対する傷害に止まるものというべきではあるが、前記の追突の衝撃は決して軽微なものではなく、平成四年四月末日までの通院治療は本件事故と相当因果関係があるものというべきである。
四 損害額(各費目の括弧内は原告ら主張額)
1 治療費(三万一七四〇円) 二二万三二八〇円
証拠(乙二の2、三の2)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故後平成四年四月末日までの治療費として、村田病院分として三万五七四〇円、白山医院分として一八万七五四〇円を要したことが認められる(なお、既に自賠責保険から一八万七五四〇円、被告会社から四〇〇〇円の支払を受けたが(乙三の1、2、四)、前記過失相殺による控除がされるべきであるから、既払金は後に控除することとする。)。
2 通院交通費(一万二八〇〇円) 一万二八〇〇円
証拠(甲二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は白山医院にバスを利用して四〇日通院し、一往復三二〇円を要したことが認められ、これによると、通院交通費は一万二八〇〇円となる。
3 代替雇用費(六二万二〇〇〇円) 六二万二〇〇〇円
証拠(甲二、三、五ないし八、九の1ないし3、一〇の1ないし3、一二の1ないし4、一三の1ないし4、一四の1ないし3、一五、原告本人(第一回、第二回))によれば、原告は、本件事故当時、大東化成工業所という屋号でプラスチツク成型業を自営していたこと、本件事故当時は受注が多く、妻と子供二人、従業員三人で、機械を二四時間稼働させて注文に応じていたこと、原告も自ら仕上げの工程で検品、梱包を担当していたこと、原告は、本件事故により、平成四年四月末日まで就労が困難であつたこと(前記事故状況、治療経過に加え、村田病院、白山医院の医師から四月末まで就業が不可能とされていたことによつて推認できる。)平成四年二月五日から同年四月末日まで、原告の代替労働力として木村英子を雇用し、事業を継続したこと、同人の賃金として六二万二〇〇〇円(日給八〇〇〇円)を支給したこと、右大東化成工業所は、平成三年の確定申告は、約一五〇〇万円の赤字となつているが、これは機械を導入したため、計算上減価償却費が多額になつたためであり、実質は黒字経営を続けていたことが認められ、右の代替雇用費六二万二〇〇〇円は、賃金としての妥当性を欠くものでもなく、本件事故と相当因果関係のある損害ということになる。
4 傷害慰謝料(六〇万円) 四〇万円
前記受傷部位・程度、通院治療期間、実通院日数等諸般の事情に照らすと、その慰謝料としては四〇万円が相当である。
5 小計
右によれば、原告の損害額は一二五万八〇八〇円となるところ、前記過失相殺による四割の控除をすると七五万四八四八円となり、さらに、自賠責保険、被告会社からの既払金一九万一五四〇円を控除すると五六万三三〇八円となる。
6 弁護士費用(一二万円) 六万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は六万円と認めるのが相当である。
五 まとめ
以上によると、原告の請求は、被告中川については理由がないが、被告中井、同会社自に対し、金六二万三三〇八円及び内金五六万三三〇八円に対する不法行為の日である平成四年二月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。
(裁判官 髙野裕)